豪華絢爛たる金属部品群
実は私、何を隠そう子供の頃に、このキットを作ったことがあるのですね。ところがその時の記憶では、まさかグリル/バンパー/モール類が金属(ティンプレート、ブリキ板をプレスしたもの)だったとは全く思っていませんでした。確かにプラ部品の真空蒸着メッキなんてまだなかった頃のようなので、非常にユニークかつ的確な処理だと思われます。
(当時でもレベルなどのアメリカ製品にはメッキ部品の入ったものがあったような気がしますし、もう少し時期が下ると、コグレのクラシックカーなんかにはメッキ部品が入るようになりました。)
もうひとつ、これは穿った見方ですが、プラスチックモデルが普及していくということは、従来のブリキの自動車を作っていたメーカーや工場を圧迫していたと思うのですね。マルサンがブリキからプラモデルに、アサヒ玩具がダイキャストミニカーに転換したぐらいですから。それで、ブリキ系の工場に協力してもらうことで共存共栄をはかる、といった意味もあったのではないか、などと想像します。
一部に若干のサビは出ていますが、40年の歳月をくぐったにしては大変に綺麗な状態で、メッキが光り輝いていることに驚きます。メッキの品質が高いのでしょうか。下のギヤボックス部分に「PAT.AP自動操縦装置」が組み込まれていて、長いブームを経由して前輪の自動ステアリング機構と連動するようになっています。
グリルに警察エンブレムが付いていることに驚愕。
白プラスチック成型のランナーと、シート部品
わざわざボディ上面と屋根部分が分けられています。左上に円形や、丁度エンジンの冷却ファンのような形をしたパーツがありますが、これが「自動操縦装置」のキモになっている「カム」のパーツです。カムの外形がトレースされることで、それと連動して前輪がステアし、走りながら「自動」的にクルマの方向が変わるという仕掛け。カムの外形によって走行パターンが変わるわけです。究極の「アナログ・オートマチック」と言えるでしょうか。当時は「自動」と言っても当然機械的に自動なわけで、デジタルで自動なんて想像もしませんでした。例外はエイトマンの「人工頭脳」ぐらいでしょうか。
シートは当然「上げ底」です。なにしろシート下には単2電池が2本も入るんですから。
シートの色は妙な緑色で、大盛屋・チェリカフェニックスのベロベロのセルロイドのシートの色を彷彿とさせます。当時はシートなんて付いていないようなモデルもあったので、「シートが付いているぞ!!」ということを自己主張するために、こういう色になっているのかもしれません。黒では目立ちませんから。
モーターサイレンのパーツがランナーから取れていますが、箱の底から出てきました。
黒プラスチック成型のランナー
白と黒がパーツが分けられているおかげで、誰にでも、子供にでも、「塗り分け」だの「マスキング」だのと言わなくても、白黒のパトカーがキレイに仕上げられる、というわけなのです。車体前面の「ヒゲ」塗装部分はデカールが付属しているので、つまり塗装の必要はありません。そもそも、白の塗料を、ムラなくキレイに塗れる子供なんて、いませんでした。
結構すぐれたコンセプトだと思いませんか?? 皆さん、もう「塗装面の研ぎ出し」なんてしないことを社会のルールにしましょう。
そもそも「スライド金型」などというものがなかった時代なので、抜け勾配に逆らって、スソのすぼまったボディを一発で上に抜けないために、こういう処理をすることが必然でもあったのです。「1951年シボレー」の時に使ったリンドバーグのキットをはじめ、当時はこういう「ボディ・バラバラ・キット」ばかりでした。単2用の電池ボックスが巨大。
袋入り部品
モーターライズ関係の接点部品など。
タイヤはホイル/ホワイトリボンともども組み立て済み。ホイルキャップのパターンがFS20として正確なのに驚かされます。接点部品はプラにハトメで組み付け済みで、まぁ親切というか、モーターライズ機構の動作をより確実にするための処理なのでしょう。
ヘッドランプやテールランプ、テールランプのフレームなど、なかなかパーツのクォリティは高い!!
小さな虫ピンが入っており、アンテナに使え、ということなのでしょうが、現在の玩具の安全基準から言えばこれも全く「想定外」のことです。
ここでも意外に金属にサビは出ていません。
小さなハトメがどうやら1つなくなっているようでが、しかし逆に言えばここまでパーツが残っていたのも奇跡かもしれません。袋にも箱にも穴があいていましたから。
当時は工場出荷時から部品が欠品している、などということが日常茶飯事で、飛行機の胴体の右側が2つ入っていたりしました。さすがにこれはどうにもならず、模型屋に駆け込むわけです。後にタミヤが袋ごとに「検」印を入れるようになり、感動したのを覚えています。
赤色灯はまさか点灯はしないでしょう。モーターサイレンは本来この袋の中のパーツではなく、白のランナーからはずれたもの。
感涙だったのは「アドハチック」という名前の接着剤。もう数十年忘れていた商品名でした。
デカール
かなり悲惨な状態のデカール。当時は「転写マーク」と言い、「デカール」なんていう言葉はかなり後になって模型雑誌が流行らせたものです。私など、はじめはどうしたらいいのかわからず、台紙ごとハサミで切ってセメダインで貼ってました。
俗に「黄変」とは言いますが、フィルムの余白部分が本当に黄色になっている…。台紙ははっきり言ってカビています。もしこれを水に入れるとどうなるか? 全く台紙から浮いて来ないか、逆に木っ端微塵になるかどちらかで、デカールとしての使用は断念せざるを得ません。
しかし!! エンブレムは「Toyota Patrol」になっている!!
やっぱりわかってくれている人はいたのです。
8ナンバーのプレートと言い、実車を取材して模型化していることは明らかです。
ボンネット前の「TOYOTA」エンブレムがモールドにもパーツも無いな、と思っていたら、デカールで正確に再現されていました。
組み立て説明書とは別に入っている、『道路標識原色一覧表』。パトカーのキットだ、という雰囲気を盛り上げます。
冒頭で書いたように、これは昭和38年3月に抜本改正された以降の標識。これも「東京オリンピック」対応のひとつで、標識をある程度グローバルスタンダードに合わせる必要に迫られてのことと思われます。
「モデルペット」が道路標識のセットを製品化していますが、1960年1月と1961年3月に発売されたセットは昭和25年3月の道路標識令改正以降のタイプで、進駐軍対応のためほぼ全ての標識が英語併記のものでした。
モデルペットは1963(昭和38)年3月の新標識制定直後の5月には新セット(2種類)を早々に発売しています。モデルペットも、ニチモも、子供たちに新標識を覚えてもらおう、という使命感を持っていたのでしょう。
標識一覧の右側は、『パトロールカーのお話』『自動操縦カムの取りつけ方』
そして何と!! トヨタ・パトロールカーの主要諸元!!
型式を「トヨタFS20型59年60年」と明記し、燃料タンク容量まで書いています。もしかして我が国のプラモデル界は、40年前の方が真摯だったのでは…と勘ぐりたくなります。
トヨタ パトロールカー仕様
全長×全巾×全高 4,485×1,695×1,540mm
車両重量 1,630kg
車両総重量 1,960kg
乗車定員 6名
車名及型式 トヨタFS20型59年60年
最高速度 150km/h
登坂能力 0.39
最小回転半径 5.5m
エンジン型式 F直列6気筒
内径×行程 90×101.6
総排気量 3,878cc
最高出力 110HP/3400
燃料タンク 47リットル
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