マニアたちは故郷をめざす | |||
手元に1冊の本があります。紙の表紙カバーに透明ビニールを貼り付けて大事に使って来ましたが、ページの端に黄ばみが出て来ている上に装丁が傷んで、ページが取れているところがあります。勉強や仕事の本だったら、こんなに使い込むことはまず、考えられません…。 ドイツのモトーアブーフ出版の「Kraftfahrzuege der Feuerwehr und des Sanitaetsdienstes」、「消防・救急隊の車輌たち」といったタイトルです。「Dienst」(ディーンスト/dienstesは複数)は、「特定部門の機関・部門」という意味と、「職務・任務」という両方の意味があります。1977年の刊になっていますから、もう今年で丁度30年経っていることになります。 その頃は、小スケールの救急・消防を追いかけていましたが、当時はトミカの消防・救急などというカテゴリーはまだたいした台数がなく、すぐに集まってしまいます。それでドイツ製のHOスケールの救急・消防に手を出したのですね。と言っても、当時はまだヴィーキングとヘルパぐらいしかなく、ヘルパが新興ブランドとして登場したばかりの頃でした。 ミニカーというよりプラモデルに近いモデルの中に、メルセデスのドイツ赤十字関連の車輌が、トラックも含めて何種類もありました。消防関連に至っては、標準車(ポンプ車)/梯子車だけでなく、クレーン/コンテナ式の移動指揮所/水槽車/救助車などにまで及ぶのです。モデルも見ているだけでは車種はおろか、どういう機能を発揮する車輌なのかすらわかりません。それで随分とこの本のお世話になったというわけです。 一応学校でドイツ語の単位は取っていましたけれど、この本の内容は専門的なものですから、学校の教科書や副読本とはワケが違います。ドイツ語はアルファベット略語を多用するので、「KTW」(患者搬送車)、「LKW」(貨物輸送車)、といった略語を辞書で確かめながら見て行くと、少なくとも車種型式と用途ぐらいは判別できるようになりました。杉田玄白のターヘルアナトミア(解体新書)の翻訳ではありませんが、何度も見ていると、意味が類推できるようになる部分もあります。
この本では、消防・救急任務に「自動車」というものが使われ始めた草創期から、本が出版された1970年代までを車輌の写真を中心に概観しているのですが、個人的な好みから言うと、1950年〜1960年代のボンネット型式のものに、魅力的な車輌が多いのですね。というよりも、そういう私の「好み」そのものが、もしかすると、この本によって作られたものなのかもしれません。 1977〜80年ぐらいの感覚では、1930〜1940年代の救急車などはまずモデル化されておらず(その後エリゴールなどがフランス車を何点か出しました)、1950年〜1960年代の車輌についても、こんなクルマのモデルがあったらいいだろうな、と思うだけで、実際のモデルは存在しませんでした。テクノやフィルマーの古いモデルも単なる「高嶺の花」である上、インターネットなど存在しない当時では入手の術がありません。リタイアできる年齢になったら、木を削って、白いホイルを付けた戦前ディンキー風のモデルでも作ろうか、などと考えていたのを思い出します。 (注: いまだ私はリタイア年齢には達していません…。)
さて話は30年後にワープし、昨年のことです。eBayで「ambulance」(救急車)で検索をかけていると、目を疑うものをヒットしました。オペル・ブリッツのバン型ボディの赤十字車、それも戦前設計型と戦後設計型の2種です。1/43と書いてありますが、そもそもこんなモデルをどこかが作ったという情報にはついぞお目にかかったことがありません。シュコーかどこかの新製品だろうか…。 説明を読むと、「ハンドメイド・モデル」、「ウクライナ製」だとあります。 なんだ、「ハンドメイド」か…。つまり価格が高い割には、改造品(いわゆるCODE-3)的な扱いしか受けられないわけです。「検索」などしている割には、(お金を使いたくないために)何か見つけるたびにギョッとする私なので、いったんは「コレは違うか」と思ったのです。 しかしここで、「モデルが無いなら木を削ってでも作りたい」と考えたムカシの記憶が蘇りました。このモデルを買うなら、何もそんな苦労をしなくてもいいわけで、突然「ダイキャスト製マスプロダクション・ミニカー主義者」になる必要も無いと思い直したのです。いったんはログアウトしたのですが、「即決」で出ていたので、また戻って来て購入しました。誰かに買われてしまったら、後悔すると思ったのです。 結論として申し上げておきたいのは、「モデルが無いなら木を削ってでも作りたい」と思うのは、私だけではなかった、ということです! どうやら「救急車マニア」の「マニア度」は他のジャンルに比してもズバ抜けて高いのではないか、と思うようになりました。これには、救急車のちゃんとしたスケールモデルが案外少ない、ということとも関係しているのではないかと思われます。実際製品化されている「救急車」モデルは、そこそこの数に及ぶのですが、その多くはバンやワゴンの「ありもの」の金型を流用したもので、最初から救急車として設計・開発されているものはそもそも少数です。そして最近の車種はモデル化される可能性があるものの、ミニカー産業の無かった時期の古い年代の車種のモデルはどうしても開発されにくくなります。 「それならば自分たちで作ってしまえ」と考えた人たちがいて、意外に数多くの「ハンドメイド救急車」が作られているのです。決して「万人にお奨めできる」類のモデルではないかもしれませんけれど、「こういう世界もあるのか」という観点でご覧いただければと思います。 救急/消防/軍用車などが好きな方には、「何か」を感じ取っていただけるかもしれません。 (2007/1/14) |
オペル・ブリッツ1.5トン救急車 1951年式(ウクライナ/Vector Models) Opel Blitz 1,5t Krankentransportwagen 1951 mit Christian Miesen aufbau/ Vectotr models V7-29,Ukraine, 1/43 |
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ウクライナの「Vector Models」という工房。素直に「ベクター・モデルズ」と読んでおきたいと思います。 スケールは全て1/43のようで、お国柄からソ連〜ロシアの「GAZ」などのモデルが多いですが、相当量のドイツ車が含まれます。民間型の乗用車やバス/トラックも含まれますが、軍用車/消防車/救急車などがとみに充実しており、マニア垂涎のマイナー車種が数多くラインアップされています。つまり特定のジャンルのコレクターしか買わないような、それでいてその人たちは思わず欲しくなってしまうようなラインアップをねらっているものと思われます。完全な「ニッチ市場ねらい」ですね。 私は決してウクライナから買っているわけではなく、アメリカのショップからです。ただ店主は「ババイェフ」さんという、明らかにロシア〜ウクライナ系の名前の人なので、ウクライナの工房との直接のつながりがあるものと思われます。 「very rare」(とても珍しい)、「extraordinary rare」(その中でも尋常ならざるほどに珍しい)、「specialorder only」(受注生産のみだよ)、などと言って来ます。要は、一度の生産数が少ない上に、それを売り切ってしまうと常時生産しているわけではない、前回分は売り切ってしまったので、しばらくぶりの生産だ、というようなことを言っているわけです。とは言うものの、作る気にさえなれば作れるわけですから、果たして「レア」かどうかは、コレクターの価値観によるでしょう…。まぁ、何千台も作られているわけではないことだけは確かです。 英語で書かれた出品タイトルは、「OPEL 1.5T AMBULANCE LIMOUSINE 1939」になっていましたが、オペル・ブリッツ1.5トン・トラック(2,5-32系)は、基本的に同じ設計のまま1938年から1951年まで生産されていて、この救急車は年式1951年ぐらい、ホイルベース3250mm、クリスチャン・ミーゼンがボデイ/艤装を行った車体でしょう。「1939年」という年式は、ブリッツの別の軍用トラック・モデルか何かと(キャブ回りは同じであるために)混同したものと思われます。戦前型にも密閉型キャビンのバン型救急車がありますが、もっとキャビンの背が高く、立ち上がった形状をしています。モデル自体は戦後型・ミーゼン架装のものを再現しているので、惜しい間違いです。 モデルの制作者は写真資料に基づいて作っているようですが、年式や型式の表示については、もうちょっと勉強して欲しい気します。ただし同じ型を使って、グレーに塗って戦前型救急車/グリーンに塗って戦後型軍用救急車/カラフルな色にして民間型バス、といったバリエーションづくりをねらっている面もあって、年式の違いなどは「わかった上でやっている」可能性もあります。
本をそのまま撮影した上の画像では、左はカタログの複写で、1946年式、つまり戦前設計型を戦後にそのまま生産再開したもの。右は1951-1952年式でベクターがモデル化しているもの。つまりともに「1939年モデル」ではないのです。 ちなみにこの車体の実車価格は13,250DM(ドイツマルク)、うちブリッツ本体が6,050DM、救急車艤装が7,135DM、衝撃吸収ダンパー65DM、ほか登録書費用250DMとなっていて、車輌本体よりも救急車艤装の方が高いことがわかります。58馬力・2.5リッター6気筒エンジン、車重3250mm。 ベクターモデルのマーキングはデカール貼りですが、プリントアウトによる自作版と、既製品デカールとが混在しているような感じです。欧州では(主に軍用車模型向けですが)赤十字デカールが別売りされています。左のシートの下半分は、東部戦線用に赤の彩度を落としたもの。蛇足ですが、ドイツの軍用救急車は白丸の地に赤十字、英・米は正方形の上に赤十字です。 タミヤあたりが最近は1/48のミリタリーモデルに注力しているようで、影ながら期待をしていいるのですが、いつまでたってもメジャーな戦車ばかり発売されます(わずかにVW-Kdf/シトロエン・トラクシオン・アヴァン/GAZフィールドカーがありますが)。せめてオペルブリッツ3トン(3,6-6700系)のトラックか救急車でも発売されれば、クリーム色に塗ったりして遊ぶのですが。 |
オペル・ブリッツ1.75トン救急車 1952年式(ウクライナ/Vector Models) Opel Blitz 1,75t Krankentransportwagen 1952 mit Christian Miesen aufbau/ Vectotr models V7-39,Ukraine, 1/43 |
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「オペル・ブリッツ」は、1952年から1960年まで、このシボレーに似たフロントマスクを持つ1.75トン車が生産されました。このモデルになっている車体も、側面窓の形状などかから考えて、1.5トン車と同じくミーゼンが艤装した車体を再現しているものと思われます。 戦前型ブリッツのクラシカルな縦型グリルから、一転して1950年代的な横型グリルになり、この方が曲線を多様したミーゼンの救急車ボディにマッチしていると言えるでしょう。 いかにも「50年代」というボディ形状、まるでテクノの古い製品や、オーストラリアの「マイクロモデル」のような、あまり精緻なデキではない60年代ミニカー的な佇まいを見せていて、私としては買ったことを後悔させない1台になっています。こういうモデルを作り、扱う「懐の深さ」のようなものが、日本のメーカーやショップに生まれるまでに、あとどのくらいかかるでしょうか。
「ベクター・モデル」ですが、ウクライナの工房であるという以外、サイト等を発見できていないので、詳細はわかりません。もっとも「ウクライナの検索エンジンにウクライナ語で検索をかける」ということ自体出来ていませんけれど。箱に貼り付けてあるラベルに何か少し書いてあるものの、ウクライナ語(たぶん。そもそもロシア語との見分けがつかない)なので全くお手上げ。黒海に近いヘルソン「 Kherson」(Херсон)という都市にあるようです。 箱に「Metal」の表示があり、確かにボディは金属と思いますが、非常に肉が薄く、ティントーイのようなプレスによるものか、型によるキャスティングなのかさえ判然としません。とは言うものの、ボディ表面のモールドのシャープさや、ボディ内側を裏板側から覗いた様子では、ホワイトメタルなどの柔らかい(融点の低い)金属によるキャスティングではないかと推測しています。プレスにはプレス金型が必要ですからかえってコストが高くつくと思われるからです。それにプレスでは、「OPEL」の文字まで刻印できないでしょう。「どうやって製作されているのか、理解を絶する!」みたいなことを書いたのですが、その点については何も返事をくれないので、製法を教える気は無いみたいです。 運転席シート/ステアリングホイル、運転席と患者搬送部の間の隔壁が入っていますが、それ以外の救急車としてのインテリアはありません。ヘッドランプ/ワイパー/バックミラーなどの細工はなかなか細かいです。実車では、患者搬送部の窓には擦りガラス的なブラインドが入っているようです。モデルは窓が小さめですが、型抜きと強度の関係で、敢えて小さくしていることも考えられます。 裏板には、シャシフレーム/エンジン/リーフリジッド/アクスル/プロペラシャフトなどの、「それなり」に精緻なモールドがあります。「VM M1/43」の刻印もあります。「M」は「縮尺」を意味するドイツ語の「Massstab」(マースシュタープ)なので、やはりドイツ市場を意識しているのでしょうか。 上が戦後設計の1952年式1.75トンで後輪がダブルタイヤ、下は戦前設計の1951年式1.5トン。 モデルのシャシはレジンのようですが、ビス止めなどではなく、イモ付けでボディに接着されます。 新しいシュコーのハノマークL28(左)、古いテクノの220S系メルセデスと並べてみます。実車写真しか見られなかったこのあたりの車輌が1/43クラスで並べられるとは夢のよう。待てばカイロの日和あり、というのはこういうことでしょうか。フロントグラスにセンターピラーが入るのが良いです。 |
オペル・ブリッツ赤十字バス(ウクライナ/Vector Models) Opel Blitz DRK Omnibus,/ Vectotr models V7-33,Ukraine, 1/43 |
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同じオペル・ブリッツのバスですが、こちらは明らかにホィールベースが長く、1/43モデルで101mmもあります。つまり実車で4343mm。後輪はダブル・タイヤです。このモデルについては、そのものズバリの実車写真は発見できませんが、明らかに戦前型、3トン/3,6系の車台ではないでしょうか。 ヴェルダウの「シューマン」という会社がMAN・3トンの車台に架装した、バス型ボディの救急車の写真は見つけましたが、この車輌のホィールベースが4000mmとしてあるので、大きさとして「3トン・4000mm」というのは、このブリッツのモデルと近似値でしょう。ただしこのブリッツの方が、明らかにリアのオーバーハングが長いです。単なる患者搬送だけでなく、手術車とか、特別なミッションを与え得る車輌でしょう。(軍用としても、移動指揮所などにブリッツのバスは使用されていますが、色々なボディ型式があるようです。)1/43量産品ではまず実現しないモデルでしょう。 リスト上での商品名は「Opel Blitz Ludwig ambulance red cross」となっていましたが、「ルートヴィヒ」が意味不明。バイエルン王ルートヴッヒU世にちなむこのクルマのニックネーム、またはライン河畔のルートヴィヒスハーフェンにあるボディ架装会社か、などと想像するものの、結局何だかわかりませんでした。 2007年の年が明けてのつい先日、「オペル・ブリッツ3トンの赤十字バス」だと言って、新しい画像が送られて来ました。見ると、屋根上にラウドスピーカー/ループアンテナ/フェンダー部に三角旗/後部にラッタル(梯子)などが付け加えられていますが、基本的にはコレと同じモデルです。だったら最初から「装備品付き」で作ってくれればいいのに。しかしいくらなんでも赤十字バスにループアンテナは不自然なのでは? ドイツ赤十字を偽装しつつ、実はフランス国内軍(レジスタンス)の拠点を突き止めるためのゲシュタポの電波方向探知車だって? そんな馬鹿な…。 これもグレーの軍用仕様とクリームの赤十字車を色替えで作ろうとしているムリがたたっているものと思われます。軍用指揮官車をそのままクリーム色にしたのではないでしょうか。 後部に牽引用フックがあり、トレーラーを引かせることができます。(トレーラーは後出のベンツ手術車に付属しているもの。) これだけ車体が大きくなると肉薄のせいで、多少ボティが波打っています。側面窓は、曲面にも馴染むように薄いフィルムが接着剤で中から貼り付けてあるだけなので、不用意に指で突っついてボディの中に落っことすと大ピンチになります。裏板はビス止めでなく、接着されているためです。 ボディが大きいので、何か文字マーキングが欲しくなります。簡単に剥がせるフィルムにパソコンで印字して何か貼り付けましょうか。 |
メルセデスベンツ Lo 3100 1935年 赤十字バス(ウクライナ/Vector Models) Mercedes-Benz Lo 3100 DRK Omnibus 1935/Vectotr models V6-40,Ukraine, 1/43 |
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さらに車長・ホイルベースともに長くなって、メルセデスL3100系の車台を持つ赤十字バス。 はっきり言って、企画はエスカレートの一途をたどっているようで、『ドイツの救急車「しか」集めていない』と宣言してソ連邦救急車集団の購入は拒否しているのに、『どうだ、これならドイツだろう』ということで、こんなものまでセールスして来ました。確かに、二度と他では出て来そうもない車種選択なのが、こちらの弱みです…。受注生産に近いモデルのようで、注文してから4-6週間と言っていたのに、結果的に2か月待たされました。 車体が大柄になっている分だけ、古いティンプレートモデルのような風格が出て来ていて、CKO(ゲオルク・ケラーマン)のVW-T1救急車あたりと並べたくなります。 この車輌も写真/型式情報ともに持ち合わせないので、「Lo 3100・1935年」という情報に頼るしかないのですが、戦後型ブリッツ1.5トンを「1939年」としている前歴からして、あまり信頼できないのは残念です。このサイズになると、もはや「救急車」とは言えず、特殊用途の車輌でしょう。 「Lo 3100」は、「L3100」系の車台を使ったバス(Omnibus)の意味と推測しています。 こうして並べると、大きさにもかなりの違いがあります。 |
メルセデスベンツ O 321H 手術車(ウクライナ/Vector Models) Mercedes-Benz Omnibus Typ O 321H Operationswagen 1954 mit Anhaenger/ Vectotr models V6-40,Ukraine, 1/43 |
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私にとって救急車が「ノスタルジック」である条件のひとつに「ボンネット型式である」というものがあるのですが、このバスボディの持つ曲面は、また違う意味で大いに「ノスタルジック」であると言えるでしょう。 このバスに限っては、箱に実車写真と、何やら箱側面にベッタリの実車解説付き。ただしウクライナ語。年式を1954年としています。ハイデルベルク大学病院外科病棟所属の同じ車体と思われる写真が、前掲書「Kraftfahrzuege der Feuerwehr und des Sanitaetsdienst」のp309に載っていますが、本の方では型式を「Typ O 320H 1957年」としています。この車輌はマーキングで用途を特定していて、オペラーツィオンスヴァーゲン、つまり移動手術車です。モデルにはトレーラーかが付属します。 「O 321」(またはO 320)の「O」は「Omnibus」(オムニブス)の略で、したがって救急車艤装会社が架装したボディではなく、ダイムラーベンツ純正のバス車体と思われます。 パッケージに貼り付けられている写真のボディ側面の文字は「Operationswagen derChirurgUniversitaete-Klinik Heiderberg」(ハイデルベルク大学病院外科)のはずなのですが、絶妙にボケていて、判読できません。 下の本で、右下のバスは、どう見てもベクターがパッケージに貼り付けている写真のものと同一の車輌でしょう。つまりハイデルベルク大学病院の車輌です。車体側面に、テントを展張・収納できる設備を持っていることがわかります。撮影場所が明らかに異なっているにもかかわらず、トレーラーを全く同じ状況で牽引していることから、トレーラーは手術車にとって必要不可欠な機能の一部を担っていることが推測されます。手術用の電源車ではないでしょうか。 左上には、クリスチャン・ミーゼンが架装した別タイプのオペル・ブリッツ(1953年モデル)が写っています。
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メルセデスベンツL407 事故救助車(ウクライナ/Vector Models) Mercedes-Benz L407 Unfall-Rettungswagen mit Binz aufbau/ Vectotr models V6-01,Ukraine, 1/43 |
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ドイツの救急車としては、これも大変に魅力のある1台。比較的近年のマッチボックスYシリーズ(YYM38062)に1959年式の「L408」があるのですが、側面に「AMBULANCE」と大書きされた英語が、ドイツの救急車としてはどうしても許す気になれず、未入手でした。 L319/L319B/L405/L406/L407/L408等は、燃料やエンジン出力などの違いによる派生型式で、基本的には同じ系列の車輌のようです。 L319の登場は1956年と早く、軽貨物車(Kleintransportern)と小型トラック(leichten Lkw)の中間の需要をねらうものとして開発されました。「L319B」の「B」はガソリンエンジン搭載車(Benziner)の略記でしょう。 1963年にディーゼルエンジン搭載車を「L405」、ガソリンエンジン搭載車を「L407」と改称していて、年式が進んで1963年以降は「L319」ではないことになります。「L406」はディーゼルエンジン搭載車「L405」の、「L408」はガソリンエンジン搭載車「L407」のマイナーチェンジ型式のようです。1967年には生産を終了しています。ディーゼル車に「D」をつける型式区分法ではないので、類似する型式番号が多く、大変に混乱します。 ベクターの箱のラベルは「L319」となっていますが、ビンツ社が救急車艤装を施した、1966年式のL407の事故救助車(ウンファール・レットゥングスヴァーゲン)の写真(Kraftfahrzuege der Feuerwehrunddes Sanitaetsdienste,Werner Osward/Manfred Gihl Motorbuch Verlag 1977, p316/100JahreSanitaets-und Krankenfahrzuege, Udo Paulitz, Kosmos 2003, p118)にそっくりです。 つまりガソリン車ですね。「L406」用のディーゼルで55馬力、「L408」用のガソリンエンジンで80馬力の出力差があるので、ハイルーフのボディを引っ張って事故救助車として運用するには、ガソリン車の方が適している気もします。年式特定をするには、ビンツ社のこの型式のボディがいつから架装されているかを調べなければなりませんが、やはり「L319」ではない気がします。屋根上にはビンツ社に共通の丸型のベンチレータがあり、感染防護型密閉キャビンと思われます。 この写真の実車でも側面には文字マーキングは何もなく、フロントの路線バスの行先方向幕のような窓に「UNFALL RETTUNG」(ウンファール・レットゥング/事故救助)の文字が入ります。 新しいシュコーのドイツフォード・タウナスFK(中央)/古いヴィーキングのVW-T1(右)と並べてみたところ。これもなかなかに良い眺め。真っ白でない、クリーム色の塗装が私の好みです。 ベクターモデルの、救急車系のモデルをリスティングしてみましょう。ただし品番は「買って箱を見てみないと」わからず、商品名も「eBay」出品のものなので、その都度変わってしまっているようです。 また、このリストはたまたま発見したものを拾っただけなので、完全なものではありません。(まだ他にもあるでしょう。)この他にもソ連警察、ドイツの消防車などがたくさんあります。はっきり言って「クレイジー」です。全部をコレクションするようなモデルではないでしょう。スケールは全て1/43です。
旧東欧圏のカテゴリーで、下の方の「タトラ」はチェコの、「イカルス」はブダペスト(ハンガリー)にある実車メーカーです。 戦後のクリスチャン・ミーゼン車体を載せた1.5トン・オペル・ブリッツをグレーに塗り、「1941-1945」の軍用救急車にしたモデルがあるのは困ったものです。キャブ回りが戦前生産型と基本的に同じで、民間型を「1939年」としていることから派生している誤解でしょう。ということは、実はこのリストの情報と仕様は(そういう実車が存在したかを含めて)あんまりアテにはならないのです。「SHMITZ」なんていうのは、きっとミススペルしてるし。 |
オペル・カデット救急車(ウクライナ/TO Models 1/43) Opel Kadett Krankentransportwagen 1941/ TO Models,Ukraine,1/43 |
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「ベクター」とは別工房によるウクライナ製モデルで、こちらはレジン製。裏板もレジンのようですが、黒塗装されていて、文字刻印は何もありません。 モデルのタイトルが「City」つまり民間型、となっていたことから、軍用型が先にあり、それを白塗装して「民間型」にしたものと思われます。 1941年式、軍用ではオペル・カデットの救急車があるかもしれませんが、DRK(ドイツ赤十字)が使用しているかどうかに疑問は残ります。使用しているとしても、マーキングは赤十字ではなく、鷲/ハーケンクロイツ/赤十字を組み合わせた1941年当時のDRKシンボルが表示されるはずですが、これをモデルに付けると、反ナチ法の関係でドイツ国内で販売できない、という問題もあります。 前後バンパーやホイルの赤塗装はいいアクセントになっていて、あくまでミニカーとして映える塗装がされている、と理解しておきましょう。もちろん、戦後になってから軍用救急車の残余をDRKが使用した、といった可能性は否定はできません。オペル・アトミラールであれば、1944年9月にDRKが使用している車輌の写真が確認できます。 「ベクターモデル」の方も戦前のドイツ軍用車をモデル化していて、このオペル・カデットやVWのようなキャビンを背負ったホルヒの救急車やオペルブリッツの軍用救急車、メルセデスの乗用車など、かなりの数に上ります。ナチ式敬礼をしているフィギュアが付属しているものもあり、GAZばかりだったソ連時代とは隔世の感があります。ウクライナにはプラキットの分野でも、RODEN-TOKO/ICM/ACE/UNIMODEL/SKIF/MINIART/CONDOR/Master Box/といったたくさんのメーカーが精力的に活動中で、そのクォリティは決して侮れません。 (ベクターのホルヒ救急車のモデルには民間型は無いようでした。余計なことを言うと、白塗りの民間型を作ってセールスしてきかねないので、民間型は無いのか、とは尋ねないことにしています。) ラジエータグリルやワイパー、ドアハンドルなどにエッチングパーツを使い、ヘッドランプはカットガラス、かなり繊細な仕上がりで、「ベクターモデル」より上級の仕上げなのかもしれません。 ナンバープレートは、紙にコピーして切り抜いたものが直接貼り付けてあります。 ただし、塗装面は綺麗であるものの、質感や手に持った時の風合いが、やはり「レジン」を感じさせてしまい、金属製でティンプレートを思わせる「ベクターモデル」モデルよりクォリティが高い、とは必ずしも言い切れない面があります。私としては、「下手ウマ」的なベクターの方が気に入っています。 |
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